第1節 調査の方法
本地区(第 3 図)の調査前の状況は、丘陵西側が最も標高が高く東側にかけてゆるやかに下る斜 面地で、草木に覆われていた状態であった。その中に、丘陵の裾部に墓口と思われる遺構が数基視認 可能な状態であったことから、古墓群であることは事前踏査などで確認されていた地域である。ただ し、これまでの周辺での調査の状況を勘案し、丘陵の裾部を中心に埋没墓の有無の確認に主眼をおい て調査を実施した。まず、丘陵全体の伐採作業を行い不発弾の有無確認のための磁気探査を実施し、
その後重機による表土掘削を実施した。
調査は、調査区の北側から開始したが、北側については地表面から 50cm ほどで地山面が確認され、
平坦地でもあったため、遺構が分布していないことが確認された。また、丘陵の西から南斜面にかけ ては、丘陵の裾部から頂上までほぼ島尻泥岩層(クチャ層)であり、遺構の分布は確認されなかった。
そのため、遺構は丘陵の東側から南側にかけての砂岩層(ニービ)が斜面全体に堆積するエリアのみ に限られることが判明した。また、同遺跡の他の地区のように丘陵斜面に上下の複数段に墓の墓口が 横並びになるような構造ではなく、裾部を中心に地山を掘り込んだ横穴墓が点在して分布することが 確認された。
掘削の過程で、墓正面や庭囲いが露出し出すと、順次人力掘削に切り替えて遺構細部の検出作業 を行った。人力掘削の結果、前田西上原A丘陵では、合計 8 基の遺構を検出した。そのほとんどは、
古墓であるが、それらの多くは戦時中に壕などとして利用された形跡が認められる等、戦争遺跡とし ての様相も確認された。遺構番号は検出順に 1 号から 8 号まで連番で付した。
これらの遺構内の掘削を進めたその結果、遺構や遺物の残存状態が確認できる 3 基の墓と、戦後 も使用されて区画整理に伴い移転した墓や、後世の攪乱などの影響から遺構や遺物の残存状態が悪い
「空き墓」とそれに近い状態の 5 基の墓の計 8 基の墓であることが判明した。前者の遺物を伴い、か つ遺構との関係性が明確な墓については、1/20 の実測図の作成を行った。後者の墓については、略 測図の作成を行った。写真撮影は適宜、調査開始から完掘状況まで行った。
第2節 層序と遺構
前節に記したとおり、丘陵全体については、重機と人力による掘削によってこれらの土層の除去作 業を行い、遺構面の検出を行った。遺構は調査前にすでに墓口が見えていたものも多く、現表土は全 体的に薄く、直下に墓の遺構面を形成する地山が堆積しているような状況で、堆積土はそれほどない 状態であった。また、天井が崩落して埋没していた 6 号墓などは、墓室内に墓の天井部分を形成し ていた細粒砂岩のブロックと表土層(戦後の土層)が混在して厚く堆積している状態が確認された。
全体的に戦時中の遺物の出土も確認されたことから、堆積土は大きく攪乱を受けていることが確認さ れた。これらのことから、本調査区では明確な層序関係を把握することはかなわなかった。
検出された遺構は 8 基で、全て横穴状の掘込墓であった(第 24 図)。1 号墓と 2 号墓は丘陵東側 斜面で隣あっており比較的小規模な遺構が分布していた。4 号墓から 7 号墓は標高が一段低い南側裾 部に横並びになるような位置関係にあり、6 号墓が最も大型の墓室を有する遺構であった。これらの
遺構は 1・2 号墓の周辺と比較しても、地山の堆積が厚い箇所であることから、このような箇所を選 択して大型の掘込墓が造られたものと推測される。また、3 号墓の墓庭は 6 号墓の墓室埋土直上に位 置しており、6 号墓の崩落を経て埋没後に形成された遺構であると考えられる。全体的に墓庭部を中 心に、戦時中の攪乱を認めることができた。
それぞれの遺構の特徴については、第 14 表にその概要を記した。なお、墓室の類型については、
第 3 章の第 1 表によるものとする。
第3節 遺物
遺物は、総計で 1,755 点出土した。数量と内訳は、第 15 表のとおりである。主たるものとしては、
墓に関連する遺物としては、陶製の蔵骨器がみられ、副葬品と思われるものは比較的少ない。また、
遺構の墓庭から水甕などの戦時中の遺物が多く出土し、赤瓦も多く検出された。これらの遺物につい ては、基本的に墓ごとに取り上げ作業を行った。以下にその概要を述べる。
(1)蔵骨器
蔵骨器は全て陶製のものである。その種類と数量は第3表に記したとおりである。蔵骨器はすべて 専用蔵骨器で、比較的年代が古いものとしては 6 号墓からボージャー形の破片が数点出土している。
また、6 号墓を中心にマンガン釉甕形が数点出土しており、1 号墓・4 号墓ではコバルト釉御殿形の 蔵骨器が完形で検出された。1 号墓では火葬用と思われる上焼甕形の蔵骨器が検出された。遺構内が 埋没している墓が少ないため、蔵骨器を含めた遺物の残存状況は総じて良くない。また、埋没墓であ る 6 号墓についても、墓室内が戦時中に攪乱されており、戦争関係遺物も多く検出された。6 号墓以 外の遺構も、戦時中の攪乱を受けていたり、戦後墓の移転が行われ空き墓となっている遺構が多かっ た。そのためか蔵骨器の出土数は比較的少ない傾向にあった。
蔵骨器の時期としては、ボージャー形の破片が数点のみの出土であることや、マンガン釉甕形もほ とんどが破片資料であるため年代の詳細は不明である。最も特徴的なのはコバルト釉御殿形と上焼甕 形の出土である。これらは戦前から戦後にかけて流通した資料であるため、墓の使用が近代から現代 まで継続的に行われたことを示している。
次章では、比較的状態が良い墓を取り上げた上で個別に報告を行うが、その中で蔵骨器については 状態の良いものを中心に、その特徴について報告を行う。またこれらの蔵骨器には、墨書の銘書が記 されたものが多数確認されている。その内容は、次節に記すためここでは割愛する。
(2)蔵骨器以外の遺物
蔵骨器以外では、陶器の水甕や小物、瓦が多く出土している。香炉などを除いては、墓に伴う副葬 品などの遺物はほとんど検出されていない。陶磁器類については、水甕や碗や皿などの食器類が多数 出土しているが、いずれも近代に流通したものであり、戦時中に避難壕として使用され、これらの遺 物が持ち込まれた可能性が想定される。また、墓庭付近に瓦が多く検出されている遺構もある。すべ て近現代の赤瓦であり、周辺に戦中や戦後などに何らかの建物が建てられていた可能性もある。また、
銃剣やボタンなど明らかに戦時中のものと思われる遺物も確認されており、この丘陵周辺は軍人が立 ち入るような場所であったことを物語っている。上記の遺物については、次節に墓ごとに特徴的なも のを図示して報告を行う。
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第 14 表 西上原A丘陵の遺構一覧表
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第 15 表 西上原A丘陵の遺物一覧表
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